日別アーカイブ: 2012年1月2日
野のゆり
大晦日にアネモネをまた植えました。今回植えたのは、アネモネの絢花。連続して開花する品種です。ホームセンターで咲いているのを見てあまりに可愛いので、何日も悩んで買ってしまいました。開いていくのが楽しみです。うちの鍼灸治療院は、いつも花だらけです。
初秋に球根から植えたアネモネはこんなになっています。片方は花芽が高く伸びる高生の菊咲き。


もう一方は、地面スレスレにも関わらず色づいている一重咲きの矮性種です。
今にも咲きそうなつぼみですが、ほとんど一か月前からこの状態。少しづつ膨らんでいますが、花の上がりが非常にゆっくりしています。ですので、絢花の連続開花という言葉に強く惹かれました。
昔の言葉にこんなものがあります。少し長いですが、
『 何を食べまた何を飲むのだろうかと自分の魂のことで,また何を着るのだろうかと自分の体のことで思い煩うのをやめなさい。魂は食物より,体は衣服より大切ではありませんか。?天の鳥をよく観察しなさい。種をまいたり,刈り取ったり,倉に集め入れたりはしません。それでも,あなた方の天の父はこれを養っておられます。あなた方はそれらより価値のあるものではありませんか。?あなた方のうちだれが,思い煩ったからといって自分の寿命に一キュビトを加えることができるでしょうか。?また,衣服のことで,なぜ思い煩っているのですか。野のゆりから,それがどのように育っているか,教訓を得なさい。労したり,紡いだりはしません。?しかしあなた方に言いますが,栄光を極めたソロモンでさえ,これらの一つほどにも装ってはいませんでした。?では,神が,今日ここにあって明日かまどに投げ込まれる野の草木にこのように衣を与えておられるなら,ましてあなた方に衣を与えてくださらないことがあるでしょうか。信仰の少ない人たちよ。?それで,思い煩って,『わたしたちは何を食べるのか』,『何を飲むのか』,『何を身に着けるのか』などと言ってはなりません。?これらはみな,諸国民がしきりに追い求めているものなのです。あなた方の天の父は,あなた方がこれらのものをすべて必要としていることを知っておられるのです。 』
ここで出てくるソロモンとは、古代イスラエルの最盛期を築いた王です。
1年間にソロモンのところに入ってきた金の重さは,「金六百六十六タラント」にも達していたと言われています。約25トン。非常に高騰している現在の金相場で考えると…見当もつきません。しかも,ソロモンの家の装飾品はいずれも金でできていました。「銀のものは何もなかった。銀はソロモンの時代には,全く取るに足りないものとみなされていた」と述べられています。もちろん金銀以外にも多くの財産を所有していたはずなのです。
そんなソロモンでさえ、野のゆり程には装っていないと比喩的に書いてある言葉です。
物質面での生活の境遇をよくしようと躍起になればなるほど,世俗的追求にからまり,それだけ自分の肩にのしかかる荷が重くなるというのはよくある事ではないでしょうか?世の中には,物質上の成功のために,家庭を破壊し,結婚関係を破たんさせ,健康を損ない,そのうえ多くの犠牲を払った人が非常に多くいます。ノーベル賞を受けたアルバート・アインシュタインはかつてこう語りました。「財産,表向きの成功,有名になること,ぜいたく—私にとってこれらは常にくだらないものだった。私は簡素で気どらない生き方こそ万人にとって最善であると信ずる」。
なんでこんなことを突然書くかというと、ここで述べられている野のゆりが一説では、アネモネではないかと言われているからです。もちろんただの一説で野の草木全般のことかもしれません。真実はわかりませんが、綺麗なアネモネの花を見ると自分に対する戒めにも感じます。
韓国ドラマのホジュンでは、主人公のホジュンが営利を考えずに貧しい人たちに鍼灸治療をしている姿が描かれています。
あそこまで行くと極端で必要物を賄ってもらえない家族がかわいそうですが、昨今のなんでも極端に営利に走る姿勢、お金さえ手に入れればどのような方法でさえ構わないという姿勢には染まりたくはありません。
当院は、すずめの森はり灸治療院という名称ですが、名前を決める際に最後まで悩んだ名前が、野のゆり鍼灸院。親にどちらがいいかと相談したら一蹴されてしまいました。それでも、野のユリには思い入れがあります。
アネモネがきれいに咲くたびに自分自身の姿勢を吟味していく一年にしていきたいです。








